
ムクドリの若鳥が一生懸命羽ばたいていました。
街中で見慣れた群れの彼らと違い、一羽だけ切り撮って見ると野鳥然としてます。(当たり前だ。)
野鳥の飛翔シーンはいつ見ても惹かれてしまいます。
魚の泳ぐ姿も然りですが、ただ移動してるだけなのに何故美しいのか、小さくなって行く姿を追いながら、しばし考えました。
人の移動する姿には、何ら感ずるものはありません。
移動に伴う困難さを次々に取り払って、どんどん楽になってますから。体力を超える移動は乗り物に乗ってしまえば良い訳ですし。
それに比べて野生動物。日々の一つ一つの緊張感はそれこそ常時アテネ・オリンピックのアスリート状態。
だから単なる移動でも、アスリ-トの躍動と同等のものが我々に伝わり、高揚感をもたらしてくれるからなのではないでしょうか。
もしかしたら、人が『旅』に憧れるのは、移動する事に一生懸命さを憶えたかつての記憶があるから、というのは少し考え過ぎでしょうか …
(ちなみに、ムクドリは 無垢鳥 ではありません。ムクノキの実を食べる 椋鳥 です。)
2004. 8. 8
この記事へのコメント
nobara
ほんとに飛翔は素晴らしいです。
わたし、ヒヨちゃんほどには憎めないんですよ。スリムな体だからかな?
管理人Akira
何でヒヨドリは憎むの!(笑)
人の物を盗って食うのは人間様が代表です。
それも、生きる為 以上の(笑)。
やんやん
これ、ムクドリなんですね。
餌をついばんでる姿と違って雄々しく感じますね。
この姿の綺麗な事。
管理人Akira
躍動してる姿は、種に係わらず美しいものです。
身体の躍動はだんだんキツくなって来ましたが、
せめて心は躍動し続けたいものです(笑)。
nobara
そんなんじゃ~駄目? そうよねー人間が一番酷いですね(反省)
管理人Akira
大事な花芽がヒヨドリの命を繋いだと考えれば
nobaraさんは鳥たちにとっての大恩人ですよ(笑)